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東京高等裁判所 平成3年(ネ)4490号 判決 1994年8月04日

控訴人

根本寛

右訴訟代理人弁護士

矢花公平

被控訴人

藤が丘ハイツ管理組合管理者

山寺博巳

右訴訟代理人弁護士

稲村建一

笠井浩二

森本達也

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張<省略>

第三  証拠関係<省略>

理由

一  当裁判所も、本件改正後の管理規約は有効であり、控訴人の本件犬の飼育は、管理規約違反行為であり、かつ、共同の利益に違反する行為であって、被控訴人の本件請求は理由があり、認容すべきものと考える。その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。当審における証拠調べの結果によっても、右結論を動かすに足りない。

二  区分所有法六条一項の「共同の利益に反する行為」について

控訴人は、区分所有法六条一項に定める「共同の利益に反する行為」とは、動物を飼育する行為を一律に含むものではなく、動物の飼育により他人に迷惑をかける行為で、具体的な被害が発生する行為に限定され、本件マンションにおいて動物の飼育を一律に全面禁止する管理規約は無効であると主張する。

区分所有法六条一項は、区分所有者が区分所有の性質上当然に受ける内在的義務を明確にした規定であり、その一棟の建物を良好な状態に維持するにつき区分所有者全員の有する共同の利益に反する行為、すなわち、建物の正常な管理や使用に障害となるような行為を禁止するものである。右の共同の利益に反する行為の具体的内容、範囲については、区分所有法はこれを明示しておらず、区分所有者は管理規約においてこれを定めることができる(同法三〇条一項)ものとされている。そして、マンション内における動物の飼育は、一般に他の区分所有者に有形無形の影響を及ぼすおそれのある行為であり、これを一律に共同の利益に反する行為として管理規約で禁止することは区分所有法の許容するところであると解され、具体的な被害の発生する場合に限定しないで動物を飼育する行為を一律に禁止する管理規約が当然に無効であるとはいえない。

原審証人小沢茂及び当審証人杉本武司の各証言(いずれも第一、二回)によれば、本件改正後の管理規約において本件マンション内での動物の飼育行為を一律に禁止する規定を置いた趣旨は、区分所有者の共同の利益を確保することにあったことが窺われるから、控訴人が本件マンション(なお、本件マンションは七階建て二六戸の一般居住用分譲マンションであり、動物の飼育を配慮した設計・構造にはなっていない―甲三号証、乙一一号証等)においてペットである本件犬を飼育することは、その行為により具体的に他の入居者に迷惑をかけたか否かにかかわらず、それ自体で管理規約に違反する行為であり、区分所有法六条一項に定める「区分所有者の共同の利益に反する行為」に当たるものといわなければならない。

(なお、被控訴人は、本件入居案内が管理規約等と同等の拘束力を有すると主張し、更に、仮定的主張として、仮にこれが認められないとしても、改正前の旧規約に基づく旧使用細則三条一二項により、本件マンションにおける動物の飼育は規約改正を待つまでもなく、当初から管理規約により禁止されていたと主張するけれども、本件入居案内がその作成の経緯に照らして区分所有法上の規約と同等の拘束力を有するとは認められないことは、原判決の説示するとおりである。そして、いずれも成立に争いのない甲二号証の一、二によれば、改正前の旧規約に基づく旧使用細則三条一二項は、「公序良俗に反する行為、震動、騒音、臭気、電波等により居住者及び近隣に迷惑を及ぼす行為、又は不快の念を抱かせる行為をすること」を禁止行為として規定していることが認められるけれども、右規定は文言が抽象的であり、動物の飼育をそれ自体として直接禁止している趣旨を含むものと解することは困難であるというほかなく、本件マンションにおける動物の飼育が当初から管理規約により禁止されていた旨の被控訴人の仮定的主張は採用できない。)

三  規約改正決議の手続の効力について

控訴人は、本件規約等の改正決議の手続が無効であるとして、その理由につき、白紙委任状による議決権行使が無効であること、動物飼育の全面的禁止への規約改正は理事らの高圧的な姿勢により条件付飼育許可の意見を無視する不公正な方法で行われたもので無効であること等を主張するが、原判決挙示の関係証拠によれば、本件規約改正決議の手続及びこれに至る過程において控訴人の主張するような瑕疵ないし無効事由の存在を認めるに足りないとした原判決の理由説示は是認でき、当審における証拠調べの結果によっても、右結論を動かすに足りない。

四  規約改正と区分所有法三一条一項の「特別の影響」について

控訴人は、本件マンションにおける動物の飼育の全面的禁止を定める本件規約改正は控訴人の権利に特別の影響を及ぼすから、区分所有法三一条一項により控訴人の承諾が必要であり、右承諾なくして行われた本件規約改正は無効であると主張する。

しかしながら、マンション等の集合住宅においては、入居者が同一の建物の中で共用部分を共同利用し、専用部分も相互に壁一枚、床一枚を隔てるのみで隣接する構造で利用するという極めて密着した生活を余儀無くされるものであり、戸建ての相隣関係に比してその生活形態が相互に及ぼす影響が極めて重大であって、他の入居者の生活の平穏を保障する見地から、管理規約等により自己の生活にある程度の制約を強いられてもやむを得ないところであるといわねばならない。もちろん、飼い主の身体的障害を補充する意味を持つ盲導犬の場合のように何らかの理由によりその動物の存在が飼い主の日常生活・生存にとって不可欠な意味を有する特段の事情がある場合には、たとえ、マンション等の集合住宅においても、右動物の飼育を禁止することは飼い主の生活・生存自体を制約することに帰するものであって、その権利に特段の影響を及ぼすものというべきであろう。

これに対し、ペット等の動物の飼育は、飼い主の生活を豊かにする意味はあるとしても、飼い主の生活・生存に不可欠のものというわけではない。そもそも、何をペットとして愛玩するかは飼い主の主観により極めて多様であり、飼い主以外の入居者にとっては、愛玩すべき対象とはいえないような動物もあること、犬、猫、小鳥等の一般的とみられる動物であっても、そのしつけの程度は飼い主により千差万別であり、仮に飼い主のしつけが行き届いていたとしても、動物である以上は、その行動、生態、習性などが他の入居者に対し不快感を招くなどの影響を及ぼすおそれがあること等の事情を考慮すれば、マンションにおいて認容しうるペットの飼育の範囲をあらかじめ規約により定めることは至難の業というほかなく、本件規約のように動物飼育の全面禁止の原則を規定しておいて、例外的措置については管理組合総会の議決により個別的に対応することは合理的な対処の方法というべきである。

これを本件についてみるのに、控訴人の原審における本人尋問の結果によれば、控訴人は昭和五八年一〇月ないし一一月ころから本件犬を飼育していたが、昭和六〇年三月三〇日本件犬を伴なって本件マンションに入居したこと、控訴人の家族構成は控訴人夫婦、長女及び長男の四人であって、本件犬は家族の一員のような待遇を受けて可愛がられていたことは認められるが、控訴人一家の本件犬の飼育はあくまでペットとしてのものであり、本件犬の飼育が控訴人の長男にとって自閉症の治療効果があって(控訴人は入居当初このことを管理組合に強調していた)、専門治療上必要であるとか、本件犬が控訴人の家族の生活・生存にとって客観的に必要不可欠の存在であるなどの特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。したがって、本件規約改正は控訴人の権利に特別の影響を与えるものとはいえない。

結局、控訴人の本件規約改正が区分所有法三一条一項に違反する旨の主張は理由がない。

五  よって、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官稲田輝明 裁判官一宮なほみ)

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